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アクア・マーメイド

CHAPTER 02

「墨江くん」
「……」
「返事がないということは、やはりここは、適切な呼称を用いろということだな。墨江団長!」
「……」
「きいていますか? す・み・え・だ・ん・ちょ・う!」
「あーもー、っさいだまれ!! ピーピーピーピーうっさいのよあんた!」
 波沢のあまりのしつこさに、夏魚はついにブチぎれてさけぶ。しかし波沢はそれにかまわない。
「墨江団長、そのお荷物は重いでしょうから、僕が持ってもいいですよ?」
「海人!」
 波沢のことを完全に無視して、夏魚は遠くで団員と何か話している海人をよびつける。夏魚の声に、しろい砂を蹴たてて海人がやってくる。砂がぶつかった数人が迷惑そうに顔をしかめるのが、夏魚にもみえた。
「なんか用か?」
「これ向こうまでお願い」
 夏魚に荷物を押しつけられた海人は、軽くぐらつく。夏魚はそれをまたもや無視した。
「団長、僕にぜ」
「夏魚――! じゃなくてだんちょ――――!」
 波沢のセリフを中途半端にさえぎり、有沙が駆けよる。額にうすく汗をかいているが、それでもその表情は嬉しそうにかがやいていた。
「人魚の目撃情報、あつめてきたよ! っていっても、二つ三つなんだけどね」
 夏魚と有沙は互いに苦笑する。目撃情報が極端にすくないのは、最初からわかっていたことだ。
「他にやらないといけないこととか、ある?」
「ちょっとまってね」
 夏魚は周囲をぐるりと見まわし、そしてなにやら抗議の視線を自分におくっている波沢に目をとめた。
「とりあえずこいつに、ものすんごい重労働させといて? 骨がおれそうなほど重いものでも何でも、嫌がらずに運びます、なーんて、やる気があるみたいだから」
 有沙は、はい、と大変歯切れのいい返事をして、もはや言葉にならない反論で口をパクパクさせている波沢を引っぱっていった。それをみながら、夏魚は大げさすぎるほどおおきなため息をつく。
「あの荷物運んできたぜー、団長?」
 『団長』、の部分に妙に含みがあるのに気づき、夏魚は海人をギロリとにらむ。
「仕方ないじゃない。こうする以外に何があるっていうのよ?」
 夏魚が波沢に人魚をつかまえるといってしまった時、何故かはしらないが、急に波沢が『僕も参加する』と言いだしたのだ。もちろん夏魚は反対した。猛反対した。絶対くるなあんた怪奇現象なんてちいぃぃぃぃっとも信じていないんでしょ、と。
 が、しかし。波沢は世界のミステリーと言われているもの(ネス湖のネッシーや、エイリアンの解剖映像など)を十あげた。そして満面の笑みでいわれた、つづく言葉が、『これが入団の条件ですよね?』、である。
 ……その通りだ。
 そこで、仕方なく本当に本当に本当に本当に仕方なく、夏魚はいやいや波沢を仕方なく入団させた。ここで断ると、他に団員になりたい人が入団できないからだ。
「一体、なんなのあいつ」
「さぁ」
 視線を波沢にやりながら、他人事のように海人は肩をかるくすくめた。
 ――人魚の捜索は、こうしてはじまる。

 はじめてみた時から、わすれられなかった。想うあまり、夢にまでみる。
 ――わかっていたわ。少なくとも、わかっていたつもりだったの。
 ふれてはいけない人。想ってはいけない人。すむ世界がちがう人。それでも、想う度にわけのわからない胸の痛みはつよくなった。
 かの世界では、きっと誰もが魔法をつかえるに違いない。そして自分はその魔法に囚われた。そうかんがえないと説明できないほどに、心がどうしようもなくふるえた。

「かーなっ! 何ぼーっとしてるの?」
 両肩をかるくたたいて言う。後ろから夏魚の顔をのぞきこむと、案の定、夏魚はものすごくおどろいて、漫画にでてきそうな変なポーズをした。そのポーズと、なにより間のぬけたその表情が面白いからわらってしまう。夏魚は私の頭をかるくはたいた。いたくないから別にいいんだけど。
「もー。やめてったら有沙。おどろいたー」
「今度はしゃっくりをとめてあげるよ。で、後は何するの?」
 そうきいてみたら、夏魚は少しかんがえこんだ。
「人魚の出てくるポイントの予測とか」
「それ、もうやったよ? 夏魚も一緒だったじゃん」
「じ、じゃあ、人魚の捕獲網の点検」
「とっくにしてあるよ」
「じ、じゃあ、テント建設」
「男子がやってくれたよ」
「え、じ、じじじじじじ、じゃ、じゃあ、団員の出欠点検を」
「そんなの最初にしたよ」
「そ、それなら、お昼ご飯たべよ、お昼ご飯。わー、一体何になるのかなー」
「……今、目の前にあるよ」
「え゛」
 夏魚は少しかたまった。漫画にしたら、石化。今気づいたみたいに、自分がすわっているテーブルを見おろした。私をふくめて女子団員一同でつくったカレーがそこにある。こういう時にカレーってありきたりすぎるけど、かといって他につくる料理なんてない。
「はは、いつの間になのかなー、そういえばお腹すいたやー」
 かなりぎこちなくいって、夏魚は右利きのくせに左手でスプーンをとった。しかも、丸い部分が上になってるし、味つけにつかったカレー粉を、どばっとカレーにおとす。
「夏魚? 何かあったの?」
「え、そ、そうかなー? あははー、人魚をつかまえるから、ちょっと緊張してるのかもしれなーい」
 ……ものすごーくあやしい。
「墨江団長、僕もたのしみだよ」
 波沢がいったことがきこえなかったのか、それとも返事をしたくないのかわからないけど、夏魚は波沢のセリフを無視した。私も席につく。
「へー、お前みたいな図太い神経そのものみたいなやつでも緊張するんだー」
 海人がそんなことをいったから、夏魚が海人を横目ににらんだ。もうちょっと穏やかにできないのかな。
「ま、当然か。今日、俺たちは人魚をつかまえて、ついでに賞金も手にいれるんだしな。賞金、たんまりふんだくるぞー!」
 海人がそういうと、一緒にテーブルをかこんでいたみんなが「オー!」と声をあげた。もちろん私も。
 今夜、私たち『谷村謎究明or解決何でもお任せ谷高少年&少女団』は人魚をつかまえる。例の人魚は満月の晩に高洲江湾にあらわれる。人魚がでてくる場所の候補は二つあったけど、一つにしぼった。高洲江湾は、村の人たちが漁船とかをおいている場所だ。
「本当、楽しみ! 人魚って、きっとものすごぉく綺麗なんだろうなぁ」
 お伽話の人魚姫を思いだすと、なんだかうっとりする。髪は何色なんだろう。瞳の色は? ヒレのウロコの色は? そんなことをかんがえたらすごくわくわくする。
「――!?」
 突然押し殺した呻き声がきこえてびっくりした。何かとおもっていたら、夏魚があのカレー粉を大量にかけたカレーをたべたせいらしい。水を何杯もおかわりしている。あーあ。
 あおくてたかい空に、真昼の月がみえた。それはまるで真珠みたいにしろくてまるい。今日は満月の夜だ。絶対に、人魚をつかまえてみせる。

 わからなかった。しりたかった。
 だから故郷をすてた。必要ないのなら、痛みの理由をおしえてくれないのならいらなかった。そして何より、彼にもう一度でいいから、逢いたかった。
 代償はおおきかった。
 故郷。歌声。
 大すきな父や、姉たち、海の底にすむ陽気でたのしい仲間たち。
 みんなみんな大すきで大切で愛しかったけれど、いらなかった。痛みにくらべれば、取るに足らないものにしかおもえなかった。痛みが自分のすべてだった。

 あいつ――夏魚は今日七度目になるため息をついた。カウントしてしまうのは、ため息があんまりにもあいつらしくないからだ。そのあと、『私って不幸だわ』とかつぶやいたらおそろしく似いそうな感じで首をふった。
 最近のあいつは変だ。授業中によくねるのはいつものことだとしても、なんだかいつもぼんやりしている。有沙が必死で、夏魚が興味をもつような話題で話しかけてもなんだか空回り。ちょっと同情してしまう。
 最近のあいつは、全然あいつらしくない。
「なぁに団長をじっとみつめているんだ須貝!」
 俺の隣の波沢が俺にむかってほえた。正直、波沢が隣でも全然うれしくないしありがたくもなんともない。こいつはなんでだか、どうも夏魚にかまってほしいらしい。変なやつだ。というか奇妙なやつだ。
 それに対して、俺は嫌いらしい。呼び捨ての態度からかなりよくわかる。ものすごーくわかりやすい奴だ。御曹司がこんな性格で、会社は大丈夫なのか?
「うっせーな。俺が夏魚をみるのに、お前が口はさむ権利があるのか? 目の保養にもなんねーのに。超平団員はだまってろよ」
 殺し文句をいうと、啓介は眉をつりあげてくやしそうにそっぽをむいた。効果てきめんだ、と内心ほくそえむ。えらそうにしているが、ここでは俺が副団長だ。ヒラの奴にえらそうにさせたりしない。……啓介に限って、とこっそり前についたりするが。
 なんとなく、テーブルで朝食をとっている全員を順繰りにみていく。俺の正面に夏魚がいて、夏魚から時計回りに有沙、波沢、俺、男子団員二人、女子団員二人の、計八人だ。結構人数がふえた。最初は俺と夏魚と有沙しかいなかったのに。そうおもうと、なんだかしみじみとした。
 昔、つちのこをさがして山にはいってプチ遭難してしまった俺たちは、救出された後にそれぞれの親にこっぴどくしかられた。今でも、夏魚や有沙の親に偶然ばったりと出くわすと、必ずといってもいいほどその話題がでる。コドモだったんだなぁと、今ならおもう。
 でも、あのプチ遭難がなければきっと、夏魚や有沙とこんなになかよくはなれなかったんじゃないかともおもう。小学校や中学校の時はひやかされることもあったけど、でも俺たちの仲はちっともかわらなかった。こまった時には二人とも手をかしてくれるし、逆に二人がこまっている時には俺も手をかす。
 あの日、つちのこはみつけられなかったけれど。でも、つちのこなんかとはくらべられないほど大切なものを手にいれられた気がする。それを言葉にしてあらわすのはむずかしい。まだ俺は、あの日夏魚がにぎった手の感触をおぼえている。
 今度こそ、つかまえてみせる。
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