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「ごめんね、財部くん。あんまりあいつと声がにてたから」
「え?」
「あ、ほら、輝(ひかる)」
少年の表情に影がさす。少女は自分でいった言葉に自分で顔をあからめている。
「財部くんと輝って、全然共通点ないのに、声だけは本当にそっくりだよね」
少年は返答をしないが、少女は構わずに一人で話しつづける。
「当たり前か。だって二人、兄弟なんだもんね。私は一人っ子だから、兄弟がいるのってなんかすごくうらやましいんだ。ねぇ、兄弟ってどんな感じ?」
少女がそんなことをききながら少年のほうを振りむいたとき、少年はすでに微笑みをうかべていた。いつもかわらない少年の微笑みには、いつでもスキがない。人好きのする、穏やかで柔和で軟らかい、つかみどころのない微笑みだ。
「兄弟っていうのはきっと、人生最初のライバルだとおもいます」
少年の言葉に、少女は素っ頓狂な声をあげる。
「ライバル?えぇ?輝と財部くんで競えるようなものってある?」
「輝兄さんは何にもめぐまれていて、本当にうらやましいです」
「えぇ?」
えっナニソレと、少女は再び頭をかかえる。
と、そのとき。
「めーぐ――!」
上空五・六メートルから若い男の声がふってきた。その声が、先ほど少女がさけんだときのようにこだまする。頭をかかえるついでに耳をふさいでしまっていた少女はすぐには気づかなかったが、少年はすぐに声の主と声の主のいる場所に気づく。
二階の全開の窓から顔を突きだしている男子生徒と目があった。
墨を何度も執拗に丹念にかさねたかのようにくろい髪は、どうもクセ毛らしく、ゆるやかなウェーブをえがいている。肌は浅黒く日焼けして、白目と歯が浮きだってみえる。
「おー耀ー。お前もいたんだー?」
名前をよばれて、ついでに手をぶんぶんとふられる。立ちあがって選挙カーのウグイス嬢のように控えめに手を振りかえして、少年は少女の肩をやさしくたたいた。不意打ちにおどろいた顔で少年を見あげた少女へ、少年は上空の男子生徒を指ししめす。
「よんでいますよ」
少女はすばやく立ち上がり、怒りの表情と握りこぶしで男子生徒に叫びかえした。
「輝ー!私のリンゴかえせー!」
「いいじゃんか別にー!」
「よくないからおこってるんでしょーがー!」
少女と男子生徒の言いあう声がこだまする。しかし、距離がとおいのでどうしても会話は語尾がのびがちであり、語尾だけをきくとなんとも緊迫感がない。

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