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「別にいいですよ、僕は。僕は別にいいんですけど、ちょっと」
「えっ何?」
「もうここをでた方がいいですね」
少女は手品のハトよろしく、おしみなくクエスチョンマークをとばした。少年はやはりほほんだまま、周囲を指ししめす。ここは図書館で、校内でも静寂がもっとも尊ばれるところだ。しかし、最初から少女の声は並以上の大きさだった。これで普通に図書館を利用する生徒たちや図書館司書のひんしゅくをかわないとおかしい。少女を親の仇のようににらんでいた図書館司書と目があい、少女はあせる。
「うっうわ、すみません!」
オクターブがあがった声で少女が周囲にむかって謝ると、少年から館内の人間を代表して冷静なツッコミがはいった。
「御堂先輩、お静かに」
「……すみません」

「それで、今日はどうされましたか?」
「んと、ちょっとね」
少女は口ごもり、表現する言葉をさがしあぐねる。風が吹いて、少女の髪をうかす。そこにある天使の輪がわずかにゆがむ。地面にすわって、膝にあごをのせる少女の端整な横顔を、少年はじっとみつめる。少年の位置から横顔はあまりみえない。それでも少年は少女をじっと見つめる。
図書館をにげるようにしてやってきた二人が今いるのは裏庭だった。今は昼休みなのだが、ほとんど人がいない。あまりにも日当たりがよすぎる裏庭は、食後の運動あるいはひなたぼっこに適していても食事の場所にはむいていない。
「またケンカですか?」
「ま、『また』って!私たちそんなにケンカして……るけどぉ!」
反論しようにもそれができない悔しさと現実。それがタッグをくんで少女の目の前にでんと居座った。
「で、今日はどういった理由ですか?」
少年が水をむけると、彼女は随分と早口で話しだした。真ん中によった柳眉をみるだけで怒りがつたわってくる。
「あのねっ!今日は、っていうか今日『も』私、あいつとお昼たべてたんだけど!」
「はい」
少女と、『あいつ』が一緒に食事をとるのはいつものことだ。そこに大した目新しさはなかったので、少年はいつも通り、いつも少女がそう切りだしたときのようにうなずく。
「あいつが、私のリンゴをたべたの!無断で!しかも全部!」
こういうこともいつものことだ。仲むつまじいことこの上ない。
「今日はリンゴなんですね。前回は確かウィンナーで、」
「その前はトマトで、その前の前はキウイで、その前の前の前は、えーと。あれーなんだっけー卵焼きじゃないしなーうーん」
少女は頭を抱えてどうでもいいようなことを真面目になやむ。
「肉の包み焼き、でしたよね?」
「そうそれ!さすが財部くん、にしてもあーもーっくやしー!」

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