[3] 次へ
 

距離


ころしてもころしても、それでも溢れでるこの想いを箱につめて、鍵をかけて心の海にしずめよう。一体いくつしずめたのか分からなくなるほどに。海が、飽和するほどに。


「もーっ、きいてよ財部(たから)くん!」
一人の少女が場所をわきまえずに、たかい声で一気にまくしたてた。この場所でそんなことができる、彼女のその度胸をいっそほめたいほどの声だ。そして少女は、背筋をぴんとのばしてイスにすわって読書にいそしむ一人の少年に背後からのしかかった。
その少年は読書に集中していて、完全に不意打ちだったらしい。たえられずに、そのまま前のめりにたおれて額を机にぶつけた。周囲の幾人かが二人をみる。
「あっ、ごめんね財部くん!」
少女はあわててどく。彼女としては笑いとばせるようなサプライズのつもりだったのだ。どうもタイミングがわるかったらしい。あかくなった額をなでながら少年が起きあがる。眼鏡が食いこみ、いたそうだ。彼は眼鏡をはずして、眼鏡のフレームがゆがんでいないか確認する。
「大丈夫?」
少女は身をのりだして少年の様子をうかがう。少女の、肩にながれるそめた金茶の髪が少年の頬にふれる。やわらかい香りが少年の鼻をかすめた。初めてあったときと変わらないかおりだ、と思い出して、少年は安堵をおぼえる。
「大丈夫です、御堂(みどう)先輩」
「本当に?無理してない?」
少女は少年の頬に手をあて、ぐい、と自分にむかせた。少年の首が約九十度にまわる。少年の琥珀の瞳と、少女の、どの角度から光がさしても変色するとはおもえないほど黒々とした瞳がぶつかった。きつい体勢だが、少年はおだやかにほほえむ。
「無理なんかしていません」
「ならいいんだけど。よかった」
少女はほっと息をついた。
「でも、あえていうとするなら」
「えっ何?」
「今の、この体勢が一番無理をしています」
少女はわからない、といった風に首をかしげた。少年はやはりほほんだまま、頬をがっちりとホールドしている彼女の手を指先でかるくつつく。少女はぽかんと自分の手をみた。四秒くらいで少女はその意味に気づき、慌てて手をはなす。
「ご、ごめんね財部くん!」
ただでさえたかい声がさらにうわずった。
「別にいいですよ、僕は。僕は別にいいんですけど、ちょっと」
「えっ何?」
「もうここをでた方がいいですね」
少女は手品のハトよろしく、おしみなくクエスチョンマークをとばした。少年はやはりほほんだまま、周囲を指ししめす。ここは図書館で、校内でも静寂がもっとも尊ばれるところだ。しかし、最初から少女の声は並以上の大きさだった。これで普通に図書館を利用する生徒たちや図書館司書のひんしゅくをかわないとおかしい。少女を親の仇のようににらんでいた図書館司書と目があい、少女はあせる。

Copyright (c) 2005-2009
Fumina Tanehara All rights reserved.
[0] 小説目次へ
[3] 次へ