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 伯母さんはとてもやさしい。伯母さんの旦那さんの「神奈木さん」は雨がふっている日は車でおくってくれる。護身用の足払いをおしえてくれたのも、「神奈木さん」だ。
 真人くんはココアをのんだ。ちょうどいい熱さだったらしく、また一口のむ。なんとなく窓の外をみると、まだ雨がふっていた。窓ごしだと、音も何もしない。ニセモノみたい。
 私が今ここにいて真人くんとココアなんかをのんじゃっていたりすることも、お母さんとお父さんが死んでしまったことも、本当で現実なのに。一瞬、何もかも嘘みたいだった。
「ココア、は」
 でもこれは現実で、嘘じゃない。私も真人くんもここにいる。ココアをのんでいる。
「ココア、は、想い出なのか?」
「……うん。私が幼稚園生くらいのときに、土砂降りでかえってきたときにお母さんがいれてくれたの。それが最初」
 どんなにがんばっても、お母さんのココアの味にはちかづけない。私のよりもっと、あまくてやわらかくてあたたかい味なのに。ちかづいたとおもっても、まだとおい。
「小学生の頃はね、わざとぬれてかえってきたの。お母さんにすごくしかられるんだけど、でも、ココアをいれてもらえるから。おこられるとこわかったけど、ココアはうれしくて」
 マグカップの底に、とけのこったココアがこびりついている。流しでマグカップをすすぐ。水がつめたい。
「そういうの、わかる。風邪ひくとお袋がレモネードつくってくれて、俺、それがすきだった。わざと風邪ひこうとして、お袋と親父にどなられたり、ケイジが風邪のときにこっそりとってまたおこられたり」
 真人くんがてれたようにわらう。やさしい笑い方をする人。お父さんに似ている。
「でも、もうムリなんだ」
「……どうして?」
 真人くんの笑顔に影がかかる。きいてはいけなかったのかもしれない。でも、いってしまった言葉は二度と、口にはもどらない。
「もちろん、俺がデカくなったっていうのもあるんだけど。でも」
 真人くんはココアをのんだ。音がでて、真人くんは小さい声であやまった。
「親父が浮気してたんだ。お袋はしっててずっと我慢してたらしいんだけど、ついにプッツンして、新学期がはじまる前に離婚した」
 ……それはつらい。きっとケンカとかがくりかえされていただろう。私の親はとても仲がよかったから、家族が崩壊する心配なんかいらなかった。真人くんの環境は理解できても、心境は理解できない。経験がないから。
「ケイジはさ、受験生だし金かかるのはこれからってことで親父側にひきとられたんだ。でも俺は長男だし高校生だし、お袋が精神的にキツいだろうってことで、お袋の方にひきとられたんだ」
「……」
「お袋、専業主婦だったのにパートはじめたんだ。俺も学校に秘密でバイトしてる。お袋、今は自分のことで精一杯って感じだからきっと、俺が風邪してもかまってられないだろうな。だからもう、レモネードは無理なんだ」

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