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「お袋、専業主婦だったのにパートはじめたんだ。俺も学校に秘密でバイトしてる。お袋、今は自分のことで精一杯って感じだからきっと、俺が風邪してもかまってられないだろうな。だからもう、レモネードは無理なんだ」
 なんだか似ている、とおもった。私と真人くんは、似ている。真人くんのご両親は生きているけれど、私の親は仲がよかったけれど。
 でも、それでも、似ている。
「ま、だからさ、俺、『那須田』なんて呼ばれるの、なれてないんだ。お袋の旧姓だから。神奈木……は、どっちがいい?」
「神奈木でも史乃でも、どっちでもいいよ」
「史乃もさ、最初は『神奈木』っていうの、なれなかっただろ?」
「そう、だね。最初の頃は苗字でよばれてきづかなかったりしたよ」
 ドキドキした。下の名前を同年代の男の子に呼び捨てにされるなんて、すごくひさしぶりだ。自分の名前なのに、他の人のような感じがする。不思議で奇妙で、新鮮だ。
 そんなことをおもっていたら、真人くんが空っぽのマグカップをテーブルにおいた。のみおわったらしい。かたづけようとおもって手をのばしかけた時だった。
「なんか、変なの」
 真人くんが突然いった。
「レモネードとか離婚とか人にはなしたことなんてなかったのに。結構仲いいヤツにもないのに……なんで史乃にははなしてんだろ」
「……私も、ココアのこと、人にはなしたことなんてなかったよ。誰にも、いわなかった。真人くんが、最初だよ」
 こんな気持ちも、そういえばはじめてだ。何かしたりされたりする度にドキドキしたりする、こんな気持ち。
「俺今、はじめて明日の学校がたのしみだとか、おもった」
「え?」
 真人くんの顔がだんだんあかくなってくのがみえる。どうしたんだろう。
「……私も、明日の学校がたのしみだよ」
 正しくは、「明日の学校で真人くんとあうこと」がたのしみだったのだけれど、それはいわない。心の中にしまっておく。
「また、真人くんとはなしたいな」
「明日、はなせるよ。……史乃が俺のことおぼえてれば、の話だけど」
「おぼえてるよ、絶対」
「俺のこと、本当にクラスメイトかわかんなかったのに?」
 言葉につまった私を真人くんがわらう。そんなことにもドキドキする。
「おぼえてる」
 そういえば、これもはじめて。
 人をおぼえるのが全然ダメな私が、誰かのことを絶対にわすれないって、自信をもっていえること。
 不思議。でもきっと、これからはそんなことの連続になるんだって、自信がもてた。
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