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 その間に私は、那須田くんの斜向かいにすわって、猫舌の人でも大丈夫な程ココアがさめるまで、先にココアをのんでまつ。ココアが血液になって、全身をめぐっていく。指先がどんどんあつくなる。ふーっと息をはいてすうと、さざめきがおこる。
「那須田くんは」
「真人でいい。そっちは慣れない」
「……真人くんは、猫舌なの?」
 男の子の下の名前をよぶのはなぜかドキドキした。変なの、それだけなのに。
「俺のお袋の一族はみんなそうなんだよ。だから正月の集まりでも雑煮じゃなくて、そうめんくったりする。普通だとおもってた」
 一瞬想像してしまった。年明け番組をみながらそうめん。……なんだかおかしい。真人くんはココアをちょっぴりのんでみたけれど、熱くてダメだったらしい、またおきなおした。
「いっつもこんなあついココアなのか?」
「雨でぬれてかえってくるときにはね。その時にしかつくらない」
「……いつもぬれてかえるのか?」
 真人くんは不思議そうに私をみている。マグカップを両手の間にはさんでにぎりしめると、ココアの熱さがじんわりとしみる。
「うん。いつもね、雨の日の帰りはわざとぬれて、それでとても熱いココアをいれるの。だから傘はないの」
「ふぅん……」
 真人くんがココアをのんでいる間はとてもしずかで、はなれたところにある洗濯機の音がきこえた。私と真人くんの、ドロドロの制服が一緒くたになってあらわれている。
 あと一時間くらいしたら、真人くんの弟さんが着替えをもってきてくれるから、その時に真人くんはあらった制服をもちかえる。ここにむかう途中でそう話はきまった。真人くんの弟さんは中学三年で、ケイジくん(漢字はわからない)というのだそうだ。
「……なんで死んだんだ? 親」
「自動車事故。去年の梅雨。夫婦だけでドライブ中にね、雨で視界最悪でしかもすりへったタイヤがスリップして崖からおちて……。即死だったらしいの。それがまだ救い。つまり、苦しまないで死ねたってことだから」
「それからずっと一人?」
 まさか、と首をふる。かんがえてみれば、最初からずっと大人が色々てつだってくれた。そういえば、あと一ヶ月くらいで一年忌だ。
「私ね、伯母さんにひきとられたの」
「じゃあ神奈木って名前、本当はちがう?」
「うん、旧姓は石黒。でね、その伯母さんはこのアパートの大家をしているんだけど、ここにおいでっていってくれて。もちろん家賃はタダ同然でいいからって。やさしいの」
 伯母さんはとてもやさしい。伯母さんの旦那さんの「神奈木さん」は雨がふっている日は車でおくってくれる。護身用の足払いをおしえてくれたのも、「神奈木さん」だ。

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