傘をさした人たちが私と那須田くんの周りをとおりすぎていく。十人中七人は野次馬根性でちらちらと視線をおくってくる。すごくいやだ。どうして私なの。
「……」
「なんだよ、もっとおおきな声でいえよ!」
「はなして!」
私の手は那須田くんがにぎっている。つまり那須田くんがたおれれば私も、運命共同体で一緒にたおれる。そういうことにきづいたのは、足払いをかけてしまった直後だった。
那須田くんは、さっきからむっつりとだまりこんでいる。まだおこっているのだろうか。背中を向けてしまった私には判らない。
「なぁ、イマサラだけど」
ふりかえると、那須田くんは最初にわたしたタオルを首にかけていた。おかげで、目のやり場にこまらずにすんだ。むしろ、こまっているのは那須田くんの方だ。
「その、女の子一人の家に男あげて親にしかられないか? 神奈木の親にこんなカッコでいるのみられたら、確実に半殺しにされそう」
そんなことを気にしていたらしい。ただのとりこし苦労だ。那須田くんに遠慮して、一応こっそりとわらう。
「されないよ。私、親、いないの」
那須田くんがおどろいたように息をのんだ。それを意図的に無視する。もうなれっこだ。
今時めずらしい、お湯が沸くと鳴るタイプのこのヤカンはお母さんのお気に入りだった。お父さんは時々、うるさいから買い替えろと文句をいったけれど、それでもお母さんはそうはしなかった。
ヤカンの音を気にするのは、もう、私しかいない。ヤカンの代替わりはもうありえない。私一人が目をつぶればいいだけなのだ。それだけで、私は想い出をなくさない。
「……死んだのか?」
「そうだよ。一年のとき」
ピーッ。警告音のようにヤカンが喚く。あらかじめココアの粉末をいれたマグカップにお湯をそそごうとして、その前に、
「ココア、すき?」
那須田くんの分もいれようとおもった。お湯よりもヤカンの金属の方が熱いから、かたむけるとお湯が蒸発するすごい音がする。
「え? ……別に、きらいではないけど」
もう一つのマグカップにココアの粉をいれる。二つにお湯をおなじくらいいれて、ミルクをほんのちょっといれる。スプーンでかきまぜると、あまくてやわらかい香り。こんな感じがとてもすき、つつまれるみたいで。
那須田くんにココアをわたすと、ぼそぼそとお礼をいわれた。どういたしましての代わりに、すごく熱いよ、とつたえる。もし猫舌なら、絶対今はのまないでね、ともいうと、那須田くんは警戒するようにマグカップをみた。ひょっとすると猫舌なのかも。
その間に私は、那須田くんの斜向かいにすわって、猫舌の人でも大丈夫な程ココアがさめるまで、先にココアをのんでまつ。ココアが血液になって、全身をめぐっていく。指先がどんどんあつくなる。ふーっと息をはいてすうと、さざめきがおこる。