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 私のおどろきぶりに相手もびっくりしたらしく、どこか不安そうに氏名をたしかめられる。たしかに私は神奈木史乃だ。だけど同じクラスかどうかはおもいだせない。どう返事をしたらいいのかにこまってしまって、じっと、バカみたいに目の前の顔をみつめる。
「えっと、俺は那須田真人だけど……神奈木とおなじ二年二組の」
 それならきっと、私たちはクラスメイトなのだろう。ほっとしてうなずくと、那須田くんもほっとしたように息をついて、さしているスカイブルーの傘から顔をのぞかせた。
 何度もみても、はっきりと自信をもってクラスメイトといえない。いつもそうだ。少し前から、私には自信をもってできることがなくなった。それはかなしくてつらい。
「ぬれてるけど、傘、わすれたのか?」
 首をふる。別にわすれたんじゃない。ぬれたかったからで、そもそも私は傘をもっていない。必要がないから当然だ。登校時に雨がふっているときは「神奈木のおじさん」が車で学校までおくってくれる。でも事情をしらない那須田くんは変な顔をした。
「誰かに貸したとか?」
 それにも首をふる。貸せる筈がないし、貸す相手もいない。
「じゃあなんでだよ?」
 那須田くんの声がイライラしている。なんだかこわくて、早足でうちにむかう。はやくほしっぱなしの洗濯物をとりこんで水をいれたやかんを火にかけてぬぎちらかしてきがえて舌を火傷する程熱いココアがのみたい。今は那須田くんとはなしたくない。
「オイ、神奈木!」
 はやくかえりたい。早足がほとんどはしるのとおなじ速さになる。足元で雨がばしゃばしゃなる。那須田くんがついてくる。どうしてついてくるのだろう。
 ほうっておいてほしかった。イライラしないでほしかった。怖がらせないでほしかった。私は何もしていないのに。
「ちょっとまてって!」
 手首をつかまれてひっぱられる。ひっぱり返したけれど、全然意味がなかった。男の子の力って尋常じゃない。それにもびっくりしたけれど、手がとてもあつかったことにはもっとびっくりした。まるでココアみたいな熱さ。那須田くんはおこった顔ををしていた。
「なんでにげるんだよ?」
 首をふる。何度もふる。何をいいたいのかなんて、私にもわからない。
「俺のことこわいからにげるのか? なんでだかハッキリいえよ!」
 那須田くんの声は私の身体をうつ。こわい。雨のやさしさが嘘みたい。雨はこんなにやさしいけれど、目の前にあるのはそれをこわすこわいもの。どうして私はここにいるの。
 傘をさした人たちが私と那須田くんの周りをとおりすぎていく。十人中七人は野次馬根性でちらちらと視線をおくってくる。すごくいやだ。どうして私なの。

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