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アクア・マーメイド

EPILOGUE

蒼い瞳、亜麻の髪をした少女は微笑する。
 軽やかなリズムにあわせてステップを踏んで、優雅なしぐさで舞う少女にみとれる。たっぷりとしたまつげがふちどる瞳の色は、海洋の蒼。ウェーブのある長い亜麻色の髪は邪魔にならないように素っ気なく結わかれているけれど、その形すらもうつくしい。初めて出逢った時から何もかわらない神秘的な美貌。
 ――彼女が救ってくれたこの身体は、きっと彼女をまもるためにある。
 青年は自分の手のひらをみつめた。この手で一体自分は何をつつめて、何をまもることができるのだろう。少なくとも、彼女が泣いているときには涙をぬぐえる指がある。もちろん、不用意に泣かせるつもりなんて毛頭ない。その時はこの腕で自分自身を殴るつもりでいる。
「レオン、どう? 上達したでしょう?」
 笑みをうかべた少女の桜貝色の唇から、ちらりと白磁のような歯がのぞく。運動のせいでほんのりと上気した顔は、まるで頬紅をさしたようだ。額の汗が輝いている。どこまでも無邪気で純粋な少女を想うと、どんな時も青年の心はあたたかくゆるむ。
「うまくなったよ。びっくりした」
「ありがとう、レオン」
「フィンカ、少しやすんだらどうだい?」
「そうするわ」
 浮き出た汗をぬぐって、少女は椅子に腰をおろす。しばっていた髪をおろすと、やわらかな香りが場にみたされた。少女はその髪を櫛ですいていく。
「髪をといてみてもいいかい?」
 少女はあわてて櫛を後ろにまわした。しどろもどろになりながら、それができない言い訳をいう。
「そんなこといわないで、やらせてほしいな。どうかお願いします」
 まよいながらも、櫛は手渡される。少女の背後にまわって、髪を一房すくう。それに櫛をあてて、そっとおろしていく。なめらかに櫛は髪をぬけていく。髪の手触りはやわらかく、まるでシルクのようだ。
「フィンカと僕の髪が同じものでできてるとはおもえないな」
「そんなことない。陽射しにキラキラ輝くレオンの髪も、とっても綺麗よ」
「そうかな? でも、君の髪ほどツヤツヤもしていないし、指どおりもよくない」
「そんなにほめてくれたって、私何もできないわ」
 二人でクスクスと笑いあっているところに、水が運ばれてきた。少女はそれをゆっくりと飲む。頬の赤みが少しずつひいていく。櫛をかえしてくれるようにいわれたので、その手のひらに櫛をもたせる。さっきの自分よりはよっぽど手際よく、少女は髪をとかしていく。
「ねぇ、レオン。私レオンにお願いしたいことがあるの」
「『お願い』って、何を?」
 振り返った彼女の顔があかいことに気づく。きっと運動の名残のせいばかりではない。紅潮した頬をかくすように手がそえられて、少しうつむいた彼女は上目遣いに青年をみつめる。
「私と一緒に踊ってくれませんか?」
 青年はやわらかく微笑んだ。少女がおずおずと差しのべてきた手をやさしく握りこんで、少女の蒼い瞳をみつめる。つられるように少女も笑いをうかべる。
「喜んで」
金の髪に鳶色の目の青年はそっと、少女の指に口づけた。
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