[ 小説目次へ / サイトトップへ ]

恋する小説家見習いさん

弘美(ひろみ)が書くのに失恋が多いのは、なんで?」
 隆弥(りゅうや)の突然のセリフに、あたしの思考は停止した。
 ここはあたしの部屋だけど、勝手知ったる人の家というやつで、隆弥は制服のネクタイをゆるめてかなりくつろいでいる。あたしも隆弥の家に行ったときはかなり楽なカッコしてるから、それはそれで全然構わない。ヘタにしゃっちょこばられるよかいいし。
 隆弥の片手には、昨日書き上げたばかりのあたしの作品が握られている。あたしはいわゆる小説家見習いというやつで、こうして隆弥とか友だちとかに作品を読んでもらって感想をもらったりしている。まだナントカ大賞とかには応募したりしてないけど。
「ハッピーエンドってなかなかないじゃん」
「……」
 何も返せなかったのは、正にその通りだったからだ。今隆弥が読んでるのだって、簡単に言えば悲恋だし、そう考えてみれば、ここ最近の作品はハッピーエンド揃いだとは言えない。あたし自身でさえも、自分が書いたやつでときどき落ちこむのだ。
「う〜ん、『なんで』って言われてもさぁ」
 未練をのこしながらも、あたしは読みかけの小説にしおりをはさんだ。眼鏡を外してティッシュでふく。隆弥が言うには、これはあたしのクセらしい。説明できなかったりごまかしたりするとき、眼鏡をはずす。ぼやけた視界の中でも、隆弥が答えを待っているのがわかる。
 外した眼鏡をかけようとしたら、隆弥に奪われた。しかも眼鏡、かけてるし。メガネっ()ならぬ、メガネっ太郎? ……あんまりゴロはよろしくないけど。
「もう、返してよ」
 笑いながら眼鏡をとろうと手をのばしたら、かなり至近距離で隆弥と視線がぶつかった。クリクリした瞳は正に青春っぽい光に満ちていて、なんかあたしの彼氏にしておくにはもったいない感じ。いや、だからって他の人の彼氏になんてさせないけどさ。
 度がきついせいで、レンズ越しの隆弥の瞳は小さくみえた。よくみえないけど、黒目にはあたしが映っているんだろうか。それならきっと、あたしの黒目にも隆弥が映ってるんだろうなぁ。
「リュウ」
 右手をのべて、隆弥の頬にふれる。指先を隆弥の顎骨にひっかけて顔を――
「おねーちゃんっ、ご飯だよー!!」
 突然部屋に割りこんできたあたしの弟は不思議そうにまばたきを繰りかえした。
「なんで二人で正座なんかしてんの?」
 アンタがノックして入ってこないからよ。


「俺ってあんまり弘美の幸せに関係ない?」
「は?」
 部屋に戻るなりの言葉に、あたしは思わず()き返していた。疑問に疑問で答えちゃいけないっていうのは分かってるけど、でも「は?」って感じよね、今のは。突飛なこと言う隆弥が悪いってことで手を打つわ、うん。
「何、イキナリ」
「さっきの話」
 さっき? さっきって、さっき? 確か『国語ができなきゃ英語はできない』って話じゃなかった? それとあたしの幸せと隆弥に何の関係が――って、ああ!
「『なんであたしの作品は失恋ばっかなのか』って話?」
「それ」
 今のってあたしだから意味わかったんじゃない? 話したのあたしだけっていうとこは無視するとしても。別にいいけど。あたしも話とんだりするのはしょっちゅうだし。
「リュウとあたしの幸せと失恋話がどうかしたの?」
「だから、弘美が失恋の話ばっかり書くのって俺のせいかなって」
 二度目の「は?」はぐっとこらえた。隆弥のクセ(?)は、肝心なとこの説明をしないことだ。だからあたしは自分で隆弥の言わんとすることを補完しなければいけない。ある意味パズルだ。
 「あたし」「隆弥」「作品」「幸せ」の四つのピースを=で結んだり≠で外したりしてたらなんか混乱してきた。何をどうしたら「隆弥」⇔「幸せ」≠「あたし」になるわけ?
 理屈で理解しようとしてもさっぱりだったけど、感情ではなんとなく理解ができた、気がした。
「つまりはさ、あたしが失恋の話を書くのは、あたしが幸せではないからで、あたしが幸せではないのはリュウに問題アリと、そういうこと?」
 なんかとんでもない証明をやった後みたいな不安が襲う。フェルマーの最終定理を証明したワイルズもこんな気持ちだったんだろうか。
「そういうこと」
 隆弥は大きくうなずいた。じゃあちゃんと説明しておくれ。
「どういうこと?」
「えっと」
 顔を赤くして隆弥はそっぽを向いた。なんかそういう仕草がやたらに可愛くて、ついクスリとしてしまう。そしたらなんか、ますます隆弥の顔が赤くなった。あーくそう、私が男でアンタが女だったら確実に襲ってるわよ! 神様ってなんて不条理!
 ――いや、隆弥の女体化に萌えてる場合じゃなくて。
「で、なんで?」
「だから、『俺は弘美を幸せにできてないのかな』って思って!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「リュウってば本当、男にしておくの惜しいわね!」
「うるせぇ」
 あたしの顔まで赤くなってそう。下手したらコイツ、あたしより乙女してる。
「リュウ」
「なんだよ」
 むくれてる隆弥に勢いよく抱きつくと、そのまま押し倒してしまった。マウントポジションだ。まぁいいか。すだれよろしく垂れ下がるあたし自身の髪をかき上げる。髪をのばしてるのは完全に趣味なんだけど、こういうときジャマね。まぁいいか。
「リュウ」
「なんだよ」
「あたしはちゃんと、幸せよ。安心して」
 遠慮なく口づける。礼儀として目は閉じておいた。礼儀じゃないけど、相手をガン見したままキスするなんてとてもシラフじゃできないわね。あたしも隆弥も未青年だけど。
「なんでそんなこと考えちゃうわけ?」
「だって、『作品は作家だ』っていうじゃん」
 いうけど。まずは「作品」=「あたし」ね。
「で、弘美の作品って幸せじゃないじゃん」
 それは認める。じゃあ、「作品」≠「幸せ」? ってことは……
「それじゃあ『弘美は幸せじゃない』ってことになる」
 つまり、「あたし」≠「幸せ」? あぁ、なるほどね。そういうこと。
「そんなこと気にしてたの?」
「……結構」
()いやつめ」
「『ウイ』って何?」
 ここに来てお約束かよ。間違ってもフランス語の「ウイムツシュー」の「ウイ」じゃないから。
 まぁいいか。なんか今は妙に幸せだから、隆弥のバカっぷりもキス一つで許してやろう。少し硬めの短髪を()()く。もう一度唇を重ねて、あたしたちは起きあがった。そうしながら、あたしの頭の一部はずっと、隆弥を安心させる理屈をさがしていた。
 あたしは幸せなのだ、本当に。時々ブルー入ったりするけど、隆弥といれば大体は上機嫌だ。なのにどうして、「作品」≠「幸せ」になってしまうんだろう。
「あのね、リュウ。確かにあたしの作品はあたしの一部。あたしが書いてんだから当然よね」
「うん」
「でも、あたしがしてるのは作文じゃない。『創作』をやってんの。極論しちゃえば嘘八百よ」
「『キョクロン』と『ウソハッピャク』ってどういう意味?」
 その疑問は無視してあたしは続けた。本読め。辞書引け。
「あたしの作品は、嘘をつくあたしの一部。もちろんホントのこともあるけど。でも大部分は嘘」
「弘美は嘘つきなんだ?」
「当たり前でしょ。じゃなきゃ人生やってけないって。ねぇ、『嘘』の対義語はなんだと思う?」
 隆弥は間髪いれず答えた。
「『真実』」
 『対義語』の意味は知ってるのね。
「『嘘』の嘘が『真実』ってことはわかる?」
「なんとか。裏の裏は表、ってこと?」
「そうそう」
 よくできました、という意をこめて頭をなでてあげる。どうも、そういう意味だと隆弥は気づいたらしい。変なトコ鋭いやつ。
「じゃあさ、あたしの作品の不幸が嘘なら、あたしはどう?」
「……幸せ?」
「そういうことです」
「そっか。よかった」
 神妙な面持ちで隆弥がうなずく。
「だから、あたしがダークな話書いてるからってあんまり気にしないでね」
「全然気にしないってのは無理だけど、まぁ、そういうことならさ」
「うん」
 あたしはうなずいて、そっと隆弥とあたしの指をからめた。あたしはあなたとこうしていられて本当に幸せなのだと、その気持ちが通じることを祈りながら。
[ 小説目次へ / サイトトップへ ]
Copyright © 2007 Fumina Tanehara. All rights reserved.
この作品を含めた全作品のダウンロード→ ZIP / LZH
後書き(反転してご覧ください)
   学校祭の時に発行した部誌から再録。隆弥のボケ加減が難しかったです。
   色んな方面から「実話?」とツッコまれました。……七割近く実話です、すみません。残り三割は妄想と希望で構成。←ここまで
公開 : 2007.07.14