大人未満


「立ち読みしてるリーマン。あいつがネクタイ。いっつも派手なタイだから」
 からあげクンを揚げていた中村が身をのけぞらせて、耳の横で囁いた。
 今日から春休みを時給七百五十円で売るのだ。悪友が一緒だったが、期待と不安がごちゃ混ぜになった微妙な感じだった。
「あのアイス選んでるおばちゃんがあおいとり。何でか分かるか?」
「鳥の巣みたいな頭に青い服」
「正解」
 中村が言うと同時に客が入って来た。僕は息を呑んだ。絶世の美女という言葉は彼女のためにあるんだと思った。
 黒いタイトミニを穿いた彼女は、真っ直ぐに飲料ケースへ向かった。
「天然水のお出ましだ」また中村が囁く。
 僕のレジへやって来た彼女は無言でお札を差し出した。
「あ、ありがとうございました」
 彼女がレジを離れると、中村が身を寄せて来た。
「お前惚れただろう。彼女はパネェぞ」あごをしゃくる。
 店を出た彼女を目で追うと、黒塗りのAMGの助手席に華麗な身のこなしで滑り込んだ。

作者(敬称略) : 愛沢いさむ
コメント : 青春の1ページ

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デビューの時


 いつもは閑散とした会議室だが、今日は様子が違っていた。十人近くのスタッフが忙しげに立ち働き、会議の準備に追われている。
 私達は新商品『あおいとり』の社内プレゼンに向けて余念のない準備をしてきた。やっとこの日を迎えたのだ。
 出席者の飲み物を机に並べていた新人の坂口さんが目に留まった。
「違うわよ。社長は天然水しかだめなの。覚えておきなさい」
 私は出来るだけやさしく声をかけた。
「おっ、さすが松本だな。気配り、目配り。いつもお前には助けられる」
 勝負ネクタイを締めたリーダーの長瀬さんがプロジェクターの調整をしながら言う。
「坂口、この保険は会社の救世主となる商品だ。絶対に成功させなきゃならない。そのためには小さなミスも犯しちゃいけないんだ」
「はい」
「松本も今日のメイン司会、しっかりと頼んだぞ」
「はい」
 私は初めて任される大仕事に武者震いした。
「さあ、『あおいとり』のデビューだ」
 長瀬さんが私の肩をぽんと叩いた。

作者(敬称略) : 愛沢いさむ
コメント : 飛び立つ鳥のイメージで

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