僕は寝台特急『はやぶさ』号に乗り、故郷の九州を目指していた。同じ列車で上京したのは十年前。そして数日前、やっと熊本支社への転勤が認められたのである。
僕はネクタイを外してため息をついた。青い鳥が刺繍されたネクタイ。それは当時の恋人から贈られた『お守り』だった。だが、忙しい日々の中で、彼女との遠距離恋愛も自然消滅してしまった。結局、青い鳥は僕に幸せを運んでくれなかったのだ。
天然水のボトルを飲み干すと、僕は寝台に体を横たえた。
レールの音、車体が軋む音、どこか遠くで扉が閉じる音。全てがもの悲しく聞こえる。あの日と同じように、彼女のことを想い、僕は眠りにつくことができなかった。
午前十一時四十九分、列車は終点の熊本駅に到着した。ネクタイを締め、僕は駅のホームに降り立つ。そこに見覚えのある顔はない。
だが、僕は故郷に帰ってきたのである。失った時間を、これから少しずつ取り戻してゆく。