双六
腹時計が鳴っていた。
財布をひっくり返してもポケットを探っても、所持金は二百円だけだった。
そうだ、朝のテレビの占いで最高の金運だって言ってたな。
俺はスクーターのキーと二百円を握り締めて部屋を出た。向かったのは近所の宝くじ売り場だ。
「スクラッチくじ、一枚」
祈りながら爪先で擦った。
「やったーっ、特賞一万円!」
更にその足でパチンコ屋へ向かった。端の台に九千円投資したが、一度も当りを引かなかった。やっぱりこんなもんか。
最後の千円札を投入すると、いきなり当りを引いた。確率変動だ。みるみるうちにドル箱が積み上がった。換金すると所持金は十万二百円になっていた。
俺は悪乗りで競馬場へ向かった。何たって最高の金運だ。
第十レース、もちろん穴狙いの一点買いだ。十万円全部張り込んだ。
「いけーっ、シルバーナイト!」
鼻の差だった。十万円が紙切れに変わった瞬間だ。
残った二百円を握り締めると、どこからか子供の泣き声が聞えた。
作者(敬称略) : 愛沢いさむ | ジャンル : シリアス | コメント : あなたならどうする?
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鍵が開くとき
壁の時計が十二時を指した頃だった。僕らは並んでベッドの淵に腰掛け、ホラー映画のビデオを観ていた。
「今、女の人の泣き声が聞えなかった? うっ、ううって、不気味なの」
「ううん」
彼女は消え入りそうな声で否定した。
「ほら、今も」
「ビデオでしょ」
「いや、違うと思う」
「やだ、怖いよぉ」
「ちょっとビデオ止めてみるね」
幹線道路から離れた僕のアパートは、静寂に包まれた。
「耳を澄まして。――目を閉じて」
僕は、顔をそっと彼女の顔に近づけていった。唇どうしが触れた。彼女は少し驚いたようにビクッとしたが、拒否しなかった。優しく彼女の唇を吸う。僕らは心のキーを外した。しばらく、お互いの柔らかい感触を楽しんでいた。
彼女が突然、唇を離して言う。
「女の人の声は?」
「うそ」
僕はいたずらを告白する子供のように言った。
「もう、遼平ったら、許さない」
彼女はわざと怒ったような口ぶりだ。
僕らはじゃれあって、そのままベットへ倒れ込んだ。
作者(敬称略) : 愛沢いさむ | ジャンル : 恋愛 | コメント : その瞬間……
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アンドロイドはシンデレラの夢を見るか?
α3型メイドアンドロイドである私の唯一の楽しみは、旦那様が留守の間にコンピュータをこっそり使うことだった。
今日こそ夢を叶えるのだ。このサイト『魔法の館』で。
契約ページへと進んで行くと、ドアの隙間から猫のシーナが入ってきて、私の膝の上に飛び乗った。私は構わず、願いを入力する。
『今夜一晩、人間になって、旦那様とパーティで踊りたい』
ページを次々に進み、最後に注意事項だ。
『時計の針が十二時を指す時、魔法は効力を失います』
契約完了画面になった。私は想いを込めてエンターキーをゆっくり押した。
すると突然、私のシリコンの表皮が人間の温かな肌に変わり、体はドレスに包まれた。
自分を上から下まで眺めると、足元にはクリスタルの靴を履いている。
驚いたシーナが、赤ん坊の泣き声のような唸り声を上げて飛び退いた。
いけない、急がなきゃ。
表へ出ると、南瓜の馬車の形をしたエアタクシーが待っていた。
乗り込むと一気に垂直上昇した。
作者(敬称略) : 愛沢いさむ | ジャンル : ファンタジー | コメント : ディックさまタイトル借用お許しを
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動物園行こうね
「キキーッ」
鳴き声を上げたボス猿の顔は、笑っているようにも見えた。
猿山の前で立ち止まった私は、背負っていたデイパックから小さな写真立てを取り出した。
やっとで来れたね。動物園。
たったの五歳でその時間を止めてしまった由希の遺影に、私は語りかけた。
約束だったものな。よくなったら動物園へ行くって。
去年、由布子をガンで亡くして、まさかお前までガンが連れて行ってしまうなんて……。
がんばったものな。つらい治療にも弱音ひとつ吐かず、絶対によくなるんだって。
思わず泣き声を上げそうになり、我慢していると嗚咽が漏れた。
泣いちゃだめだよな。由希はお母さんと天国で楽しく暮らしてるんだものな。
涙が一粒、由希の写真の上に落ちた。
泣くもんか。お父さんだって強いんだぞ。
『泣いてもいいよ』由希の声が聞えた気がした。
不意に正面ゲートのからくり時計が正午を告げた。人形達が一斉に動き出し、鐘の音が響いた。
その音は弔いの鐘に聞えた。
作者(敬称略) : 愛沢いさむ | ジャンル : シリアス | コメント : 泣いてもいいよ
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天使の声
夜中の産婦人科の通路は不自然に明るかった。
分娩室前のベンチの柔らかさが、僕を余計に落ち着かせなくしている気がした。
腕時計に目をやると、恵が分娩室に入ってから二時間が過ぎようとしている。
僕は祈っていた。無事に生まれてくれることを。
結婚以来、十年も不妊治療に時間もお金も費やしてきた。今度こそは、と思うと祈らずにはいられなかった。
僕たちは前回のお産で死産を経験した。未だにそのショックから立ち直れずにいたが、ラッキーなことに、今回初めての体外受精で着床し、赤ちゃんは順調に育ってくれていた。
だが、予定より一ヶ月も早いお産に動揺を隠し切れない。
分娩室から恵のひときわ大きい息み声が聞えてきた。
がんばってくれ、恵。もう少しだ。
もう一度時計を見ると、さっきからいくらも時間は経っていない。
気を落ち着けようと、深呼吸をした。
「オギャー、オギャー」突然、元気な泣き声が響き渡った。
その瞬間、僕は思わず立ち上がった。
作者(敬称略) : 愛沢いさむ | ジャンル : シリアス | コメント : 喜びの瞬間
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