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Juvenile

 空気のもれる音と一緒に、私の髪が黒くなる。さすが瞬間髪色戻しスプレーだ。髪と一緒に私の心も染められていく、気がする。
 全てのメモリを消した私の携帯電話につけた、ねこのストラップ。彼が最初に私にくれたもの。
 ――私のこと、何も分からないくせに。
 私は逃げた。彼の優しさを疎んで、彼のことを分かろうとしなかった。彼は私のことを分かってくれた、唯一の人だったけど。
 制服を着るのは久しぶりで、彼の死を悼む席で初めて、まともに着る。なんて皮肉。
 ――お前には笑顔が一番似合って、可愛いよ。
 初めてだった。『可愛い』と言われて純粋に嬉しかったのは。一緒につるむ『仲間』には何度も言われたけれど、いつも疑っていた。本当はそんなこと思ってないんでしょ、と。
 ――ねぇ、私、もっとまっすぐ生きられるかな?
 心の中で彼に訊いてみる。答えは分かっていた。彼ならきっとこう言うだろうな、って。
 ――お前らしいよ。


 ありがとう、さよなら、先生。

作者 : 種原歩美奈 | ジャンル : 恋愛 | コメント : ヤンキーな女の子の恋の行方です。
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俺だって

 女は電話の度に声がかわる。ねこなで声で相づちをうって、片手間にスプレーで髪をととのえる。サーカスで見せ物にしたい器用さだ。
「それじゃ」
 急に部屋が静まりかえる。電話はもうきれたらしい。
「でかけんのか?」
「そうよ。ご飯はコンビニでも、朝の残りでもたべて」
 真剣な表情で鏡とにらめっこ。頭の中は男のことでいっぱいなんだろう。服はいつもの高校時代のダサいジャージじゃなかった。当たり前か。
「かえってこなくていいよ」
「バカ」
 そんな顔を彼氏にみせたらフられるぞ。
「あんた恋人は?」
「俺はヒモになる」
「働け、居候」
 手も口もとまらない。お前みてきたから女には愛想がつきてんだ。
「でる時はガス栓と鍵。それから」
「鍵はポストに」
「わかってるならわすれないでね」
 玄関にむかう背中に声をかける。鬼の顔でにらまれる。
「うまくやれよな」
「あんたもね」
 俺一人きりの部屋。俺だって彼女ほしいんだよ。のろけてんじゃねぇ。姉ちゃんのバカ。

作者 : 種原歩美奈 | ジャンル : 現代 | コメント : デート直前、忙しいんだからね!?
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